Faith

恋愛詩がメインのブログです。お気軽にお立ち寄りください(^^)。

お元気ですか?

みなさま、ご無沙汰しています。
航です。
お元気でしたでしょうか。

およそ一ヶ月の放置となってしまいました。
コメントくださった方には大変失礼致しました。ごめんなさい。

実は、以前勤めていたところに職場復帰することになり、その手続きやら
なにやらでプライベートが忙しかったので、パソコンを立ち上げることが
できませんでした。
それと、自分の中でいろいろと想いが変ってきたことなどもあり、恋愛詩を
書くことをためらっていたというのもあります。
いくつかノートには書いているのですが、こちらにUPすることができないまま
日にちが経ってしまいました。
結果として放置となってしまい、ちょっと反省しています。

そうですねぇ・・なんというか一つ自分の中で、想いが浄化しかかっている
のかもしれません。うまく言えないのですが、少なくともこのブログを立ち上げた
時の苦しさからは、いくらか解放されたのではないかと思っています。
そこには自然と流れていった時間というもののおかげもあるし、
また、私と接してくれた何人かの友人・知人たちの存在、叱咤激励など
が深く私を癒してくれた、というのもあるかと思います。

苦しかったとき、何も見えないように思えたものも、人の気持ちや時間に
触れることで、ふと見えてきたりするものですね。

これからは、恋愛詩も含め、私自身のことなども、少しずつ書いていければ
いいなぁ、と思ったりしていますが、自分のことについてを書いてゆくことは
かなり勇気が要るので、気持ちだけで終わるかもしれません(笑)。

恋愛はテーマの一つですが、よりいろいろなジャンルを書けたらいいなぁ、と
思っています。
更新は、仕事の都合上ゆるゆるになるかと思います。
マイペースで進んでいきますので、よろしくお願いいたします。



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どうなるかわかりませんが

みなさん、こんばんは。
西日本から関東あたり、太平洋側は桜がピークでしょうか。
東北や北陸の方はそろそろ桜前線も到着ですか?
天気が荒れているようなので、せっかくの花もあっという間に
散ってしまいそうで少し残念ですね。

さて、今日ある東京の出版社さんからお電話を頂きました。
それで、たくさんの人の詩を載せて作るオムニバスの本に
執筆してもらえないか、というお話を頂きました。
書店に並ぶそうです。
編集の方がすごく親切でお優しい女性だったので、きっと
とても上手に僕を誘ってくださったと思うのですが・・・(笑)、
一人一編しか載せられないシステムになっているそうなのですが、
航サンの詩を書く力をもっと拝見したいので、一編だけではなく、
いくつか書いて送ってきてください、と言われ、ちょっとむずむずして
しまいました。鼻の下が伸びていたかもしれません(笑)。

もともとその出版社に僕の詩を10編ほど送ったのが
キッカケなのですが。

でもその10編の詩ではなくて、新しいのを書き下ろしてくれ、
と言われて・・テーマも決まっているし、締め切りもあるし、
書いたからと言って100%載せられるとお約束はできません、
とかも言われて(^^;)なかなか厳しいのですが。
(でもお金はかからないのでいいんですけど)

あまり・・というかほとんど自信はないのですが、(緊張感もありますし)
僕らしくいつものように書けばいいってことですよね?
テーマが決まっていると、それだけで緊張感がUPです。
でも、書きたいと思うので、やってみようと思ってます。
採用されるかどうかはわかりませんが。
ふぅ・・・。

一人になる時間や、気に入ってる音楽、そしてインスピレーション
そのへんを求めて締め切りまでやってみようと思います。
(実は締め切りまで10日弱しかないのです)
もし、掲載決定したらお知らせします。
ダメだったらこの件は忘れてください(笑)。

ブログの更新とレスがちょっと遅くなるかもしれませんが
待っていてくださいね。
ちと頑張ってきます(^^)。
たった一つの詩でも、大切に言葉紡ぎたいので(^^)。

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僕はよくフルカラーの夢を見ます。
むしろモノクロは見たことがない。

それで、ちょっと変った夢を見たりするとそれを詩にしたりもするのですが、割とSFチックなというかファンタジックな夢が多いですね。きっと頭の中が年中ファンタジーなのに違いない(笑)。ちょっと問題かも。

印象に残っている夢はいくつかあるのですが、「赤」という色で強烈に記憶に残っているものがありまして、多分小学生か中学生の頃に見たのだと思います。
夢解きができる人がいたら訊いて見たいな、なんて思ったり。

場所は月みたいな荒涼とした小さな星の上なんです。
剥き出しの地面と、暗い宇宙が在って、神殿が二つ建っている。
僕は一つの方に並んでいて(神殿に入ろうとしてる)、振り返ったもう一つの神殿に並んでいるおじいさんと目が合ってしまうんです。
そのおじいさんのことは、夢の中では知っていたような知らないような・・で、現実には全く見ず知らずの方でした。(目が覚めてから思い出してみたけど、知らない人だった)
ふと見上げると頭上に月が昇っていて、それが真っ赤なんですね。
まん丸の赤い月です。しかも現実の地球と月の距離よりは近い感じ。
クレーターまでよく見えるような距離感で、真っ赤に燃えるような、絵の具で塗ったような月が浮かんでるんです。その赤い月には意味があって、神殿に並んでいることも、おじいさんのことも全部関係があるような感じでした。
おじいさんは無表情のままじっと僕を見つめていて、僕は月とおじいさんを代わる代わる見てました。

そんな夢です。

目が覚めたら、どんな理由があって神殿に並んでいたのかとか、赤い月の意味とか、全部忘れていました。
でも情景的にはかなりインパクトがあったので、今でもハッキリと憶えているというわけです。

見ず知らずのおじいさんは一体誰だったのかな。


そういえば更に小さい頃、寝付いて早々僕はふいに目が覚めてベッドから起き上がると、別の部屋で寝ていた両親のもとへ泣きながら行き、両親を起こして「月が・・月が」と大泣きしたことがあります。
母親が「月がどうしたの?」と僕に問いましたが、僕はただ「月が・・月が・・」しか言えなくて。
頭の中では大事なことを言わなくてはならない、とわかっていたのに、言葉にしようと思うと思い出せない・・そんな感じでした。

ただの寝トボケなのですが(笑)、半覚醒して「月が」を連呼する自分をちゃんと意識していた感じがあって、なんとも奇妙な感覚だったことを憶えています。

僕は何を言おうとしてたのか・・全く思い出せません。
ただそれはものすごく重要で、重い話だったてことしかわかりません。


ただの夢ではあるんですけどね(笑)。
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詩を書く

えーと、いつも思いつくままに書いてしまってますが、
少し補足が要るかな、と思ったので説明します。

私はいつも小さなノートを持って歩いています。
何処でどんな光景を見て、自分が何に気持ちを動かされるか
わからないので、大切な瞬間を逃すのはもったいないですから
パッとインスピレーションが来た時は、何をしててもなるべく
すぐにメモを取るようにしています。

旅の詩はもちろん旅をしながら感じたことや想像した世界など、
恋愛の詩なら、自分が体験した感覚の再生や、街角や公園で見た
カップルなどからヒントを得て書いたりしています。

今日書いた「病棟のひと」は、私の父のことではありません。
全くの他人なのですが、実体験に基づいた作品です。
私は病棟で勤務していたことがあるので、人の生死には勤務してきた分
だけ、関わってきたと思います。
救急患者が入ってくるところでしたし(ICU有り)、末期癌の患者さんが多かった
病棟でもありました。

末期癌のご老人は認知症を併発しているケースがほとんどで、
会話の疎通がなかなか難しかったり、時にはご不興を買って叩かれたり
つねられたり、引っかかれたり、怒鳴られたり・・・といろいろありましたが、
それぞれの人生に深く関係する行為なので、逆に切なくなったりしたものです。
男性の場合は、認知であっても、何故か戦争の記憶が鮮明であることが多かった
と思います。
それだけ、兵士として戦ったのあの大戦の記憶が強烈であるということなのですが、
いろいろと考えさせられるものでした。

そして、若いとき、元気なとき、どんな立派な職業についておられても
病魔と老いの前では、人はみな平等であることも思い知らされました。

この詩に書いたのと同じく認知の戦争体験男性がいましたが、
その人の場合は、ある日病室を野戦病院と間違えて私を呼び、仲間が
あっちでもこっちでも負傷して苦しんでいるから助けてくれ、と訴えられました。
いや、大丈夫ですよ。まず○○さんを見ますからね、と答えたのですが、
彼は、自分はたいしたことはない。大丈夫だから、先にみんなを見てやってくれ、
とおっしゃいました。

認知になると人はその本性や、理性で抑えている部分を剥き出しにしてしまいます。
その剥き出しの状態で、戦場での惨状において、自分ではなくほかのみんなを、
と訴えた彼に、私は敬意をはらいました。
その方もお亡くなりになりましたが。

そんなこんなで「病棟のひと」という詩が出来上がったというわけです。
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生死

ここ数日本当にあたたかくなってきて、日差しの中に真剣に春を感じるようになりましたね!
桜のつぼみは少しずつ少しずつ膨らんで、季節がはっきりと変わったことをいずれ教えてくれるでしょう。

桜というと、私は父を思い出します。
亡くなったのは夏でしたが、認知症になる前の最後の姿は、桜の下を歩く父の背中だったので。
母は、同じ場所で、しなだれる桜の樹の下で、バス停のベンチに静かに座る父を見ていました。

私は、弱った足でてくてくと歩く父の細くなった肩を見て、漠然と「これが最後だろう」と思っていました。その数年前に癌を発症していたので、父は本当にやせ細ってました。
亡くなってしばらくは、桜と父を思い出すことも苦しかったのですが、あの美しい景色の中の穏やかで平和な父の背が記憶に残ったことは、幸せなことだと今は思っています。
あの日、あの瞬間の父は今も私の記憶に鮮明で、それはきっと一生私の中に残るものだと思います。いつか私が逝くときは、是非桜を背負って陽気な姿で父に迎えに来てもらいたいと思ってます。

亡くなった人というのは、そこに体がないので、本当に何も求めず愛を注ぐことができるのがスゴイなぁ、と思いました。
もう二度と、あの手に、服に、触れることができないという寂しさは永遠に癒されることはありませんが、ものすごく純粋な気持ちが胸に刻まれることは、かけがえのない宝物を手にしたような幸福感があります。
ただ、これは自分の親であるので・・・・例えばこれが我が子であったり、伴侶であったり、恋人であったりしたらもっと深いところで傷となって、もしかしたら自分を壊すほどのものであるのではないか、と思ったりもします。

人の生死というものは、今を生きる私達に大切な何かを問いかけます。
死への恐怖、死への衝動もあるでしょう。
でもできればそれが「生への興味、生への衝動」につながれば、やむを得ず死を受け入れた人たちに胸を張っていつか挨拶にいけると、私は思うのです。


春が来て、あなたのもとにたくさんの幸せが舞い込むことを、今日も私は願っています。
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